陶芸家 隠ア隆一

隠ア 驤黶@Kakurezaki Ryuichi  昭和25年(1950)〜

 A709 隠ア隆一《丸大皿》1.jpg

長崎県福江市生まれ。大阪芸術大学卒業後、グラフィックデザイナーから転身し、昭和51年(1976)以降伊勢崎淳らに師事。昭和60年(1985)に築窯し独立。昭和61年(1986)48回一水会陶芸展一水会賞受賞。昭和63年(1988)茶の湯の造形展で大賞を受賞。平成2年(1990)日本工芸会正会員となる。東京など全国各地で個展を開催。大振りな変形花器が中心で、陶壁やモニュメントも制作。ろくろで作り、変形させ、現代的造形感覚の豊かなものに仕上げる。素材を生かした焼成にも取り組んでいる。

                                                                                         

                                                                 《丸大皿》

日本画家 那波多目功一

那波多目 功一 Nabatame Koichi  昭和8年(1933)〜

 

茨城県ひたちなか市生まれ。高校生の時に院展、日展に入選。仕事のかたわら制作を続ける。身近な花をモティーフに、時間を十分に費やした写生と、西洋絵画研究から得た色彩や装飾性が生かされた作品は昭和58年(1983)から院展で8年間連続受賞という快挙を成し遂げた。この頃から会社を辞め画A015 那波多目功一《白耀》.jpg業に専念。平成12年(2000)《富貴譜》が日本芸術院賞受賞。平成14年(2002)日本芸術院会員となる。牡丹をはじめとする四季折々の花や風景を主な題材としており、対象と真摯に向き合い、その本質を捉えようとする厳しい態度から生み出されたそれらの作品は、写実を基礎としながらも、豊かな抒情性と香り高い幻想性をあわせ持っている。                                                

                                                                                                                                                               

                                                                      《白耀》

日本画家 牧進

牧進 Maki Susumu    昭和11年(1936)〜

 

東京市豊島区椎名町3丁目(現在の目白5丁目)生まれ。父のビラ描きの手伝いをする傍ら、日本画の手ほどきも受けていた。昭和27年(1952)中学を卒業したばかりの牧氏は川端龍子と出会う。それから10年間師の下での厳しい修行が始まる。昭和41年(1966)に師の川端龍子が死去し、青龍社は解散となった後、29歳の牧氏は無所属となり独立する。昭和47年(1972)文豪である川端康成と出会う。川端康成は牧進の作品に深く感銘を受け、世界に類のない日本の四季〜春夏秋冬の美を、これからもずっと描き続けてほしいと、助言した。以後、牧氏の最大のテーマは春夏秋冬の日本の四季図となった。蝶、トンボ、虫、蛙、雀などは、牧進が作品のアクセントとして好んで活用する。それらが画面を活気付けたり引き立てたりするのに効果的な役割を果している。また、流れるような曲線は道具など使わずに全てフリー嘉日双鱗図.jpgハンドにより描き、その装飾性は琳派的でありながら牧進独自のものとなっている。その後、各地で数々の個展を開き、平成9年(1997)にはパリの三越エトワールで個展が開催されるなど世界で活躍している。

 

                                                          《嘉日双鱗図》